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2008/09/08(月) 09:40:43
お久しぶりです。
前回、参院選前に一言書いたけど、うれしい誤算で自民大敗!
これで衆院と参院で政策を十分やりあっていただければ、少しはまともな国会になるかなぁ〜〜と表いますが、・・・・あんまし期待はしないどこう。
さて、表題の「ワイルド7」。
むか〜〜〜し、少年キングという少年誌に連載された、望月三起也さんのポリスアクション漫画です。
7人の死刑囚を警官(警視正というかなり上の位)にして鍛え上げ、バイク機動部隊として、巨悪に挑むといった内容でした。
その物語の根幹は、法の網を潜り抜け法で裁けない悪党どもを、逮捕でなく処刑するというものでした。
また、みんなの好きな(特に年配の方)「水戸黄門」に代表される時代劇。
理不尽な悪代官や豪商など、法の手が届かない悪党を成敗してくれる番組です。
これらを見てスカ〜〜〜ッとするのはなぜでしょう?
それは現実の世界が、世の中の理不尽を十分裁ききれていないことに対する国民のフラストレーションの表れかもしれません。
世の中のルールをみんなが守り、幸せに暮らしていくためにあるもの・・・・
それが法律。
法律は、”やられたらやり返せ”的な、あだ討ち、敵討ち、リンチ等をやめさせて、法に照らして相当な罰を与えるためにできたものだと思っていました。
でも、作られてから何十年もそのままでいては、時代に即した対処にならず、また日本人特有の拡大解釈で歪曲した見方がなされ、法の網は人が自らの手で広げていったように感じます。
”疑わしきは罰せず””更正の余地””少年には未来がある”・・・大事なことかもしれませんが、いつのころからか加害者人権が先行し、被害者はプライバシーまで叩かれるといったような本末転倒解釈が、横行してしまっていることも事実ではないでしょうか?
このブログで何度か書きましたが、山口県光市の母子殺人事件。
少年の生い立ちや、精神状態、弁護団の死刑廃止への思惑等々、いろいろな波の中での8年でしたが、
真実は真実としてあればいい。
でも、ここにあるのはお母さんと赤ちゃんが無残に殺されたという事実だけなんです。
いかに加害者がめぐまれなかったとしても、精神を病んでいてそれが同情に値しても、正常な判断をできない状態(それが他人からクスリを打たれるなどして恣意的作られた状態でない場合)だとしても、
ひと2人を殺めたことへの量刑は、まず妥当なものが課せられるべきです。
国民が望んでいるのは、少年法を盾にやみくもに19歳以下は守ってやったり、なんでもかんでも死刑にすることではなく、
大岡裁きの白洲の上で、下手人が奉行にすべてを見透かされ、愕然として己が罪に向き合う(真に反省をする)ことではないでしょうか。
法律は、裁判は、犯した過ちを十分認識反省させた上で、相当する量刑を課するところだと思っています。
その意味で、今の裁判制度、およびそこにかかわる方たちの焦点は、かなりずれてしまっているのでは・・・・・・・・
法が、人々の心を救えないのであれば、敵討ち、あだ討ちが復活してくる日が来てしまうのではないでしょうか?
うう、今回は昨日のニュースを見て、いつにもまして感情で書いてしまいました。内容がハチャメチャでごめん@@;
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