タイトル 中途半パにこだわり亭

のってるときに書いてるぞ〜! うれPこと、おこったど〜、かなしいとき〜、楽し〜いことを書いてます。 覗いていってね (^^)V


道徳の授業を教科に格上げしようとする案が、教育再生会議で出された。

毎度の事ながら、代表してマスコミの前に立ち説明しているのは、元”ヤンキー先生”こと義家弘介さんである。

学生時代、いろいろな事情で世間からはみ出してしまった彼は、北星余市高校での先生や生徒とのふれあいの中で、自分を見つめ教育の現場へ足をつっこむ。

体当たりで母校の生徒にぶつかっていく姿は、テレビや本にもなり多くの人々の感動を呼び起こした。

そんな彼が、現場の教職を離れ横浜市の教育委員会に入ったとき、少なからず??という感じもあった。(たかさんの気持ち)

しばらくして彼の講演を聴く機会があり、教育現場の再生のために、現場に影響を与える教育委員会という組織の中に新風を吹き込みたいという彼の考えを聞いた。

本当に、突っ走っていると思う!

彼の教育観念こそ、道徳の具現化に近いものではないかとさえ感じた。

なのに、マスコミの前で再生会議の看板として話す彼は、とてもゆううつそうに映る・・・・・

たかさんもよくこどもの授業参観にいくので、少なからず現場の状況、道徳授業の形骸化には辟易してはいる。

先生たち教える側に、まず何をどう教えていいのかというビジョンがない。いやそれ以上に道徳って何?的な雰囲気さえ漂う。

参観していても、国語の授業なの?総合学習??、道徳の授業のかけらもない。

もっとひどい例では、道徳の授業時間に他の遅れている授業をしたり、自習をさせて、教師は他の用事をしていることもある。(これはうちの学校ではないよ。(^^;)

教師たちの質の低下が叫ばれて久しいが、その最大原因のひとつは、教師の前に、授業を受ける側のこどもたちにもある。(ということはその親にある)

学校という集団生活の中に個々を送り込む上で、親は最低限のしつけ、道徳観念を注入して送り出すべきである。

しかし、現実はまったくといっていいほどできてはいない。というより、親そのもののモラルができていないから、こどもに教えることさえできない。

まぁ、一度授業参観に来てみなさい。授業をする先生の声は、廊下の母親たちの世間話でかき消されています。

そんなこどもたちのモラルを取り戻すべく、道徳の重要性にいまさらながら気づいた結果が、教科格上げ案なのだろうが・・・・

道徳を重要視するのは、たかさん大賛成であるるん。教科にしてマニュアル化(教科書)すれば、授業として成り立っていくかもしれない。

でもぉ〜、その内容の選定、成績の評価等々、形式化することで非常に危険でとりかえしのつかないことになる可能性も秘めている。

マスコミ受けの面から?か、若い義家さんが表に立っているように見えるが、再生会議の中では、その道の権威などという方が、机上の空論を駆使して今回のような提言が生まれてくるのではなかろうか?

現場を知り、現場の荒廃を目にし、一縷の希望を広げようとする義家さんも、本当にこの提言を支持しているのか?

それとも押し切られて、大きな壁に穴を開けることができないでいるのかは、時々映る会議場での上目遣いの表情に出ているような気がする。

のは、たかさんだけだろうか?
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